さあもん写真館でなく、さあもん写心館です。
 
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大阪の5日間出張から帰ってきました。

いろいろ気づいた部分があったり、解決しない問題があったり・・・。

気付き

1.自分は人を助けたい人間なんだなぁ、と(再)認識させられた。

2.自分の中にすごいパワーを内在していて、でもそれをどう使ったらいいか分からないでいる
(と、人から言われた)
その人いわく、自分は癒し系らしいですなぁ。

3.自分が感じている自分と、他の人が感じている自分に大きなギャップがあると、自分の価値を素直に受け取れなくなる。どういうことかというと、自分が「こうなりたいなぁ」という相手がいるとすれば、他の人はその相手の持っている価値を、自分に対して見出している、ということです。

4.母親以外の家族や親類に関して、世話になった覚えがない=感謝する理由がないと感じている。
母親:苦労しているのをそばで見ているので、頼るに頼れない。
父親:役立たず。自分の好きなことばっかりしている。
妹:父親と同じく役立たずで、自分の好きなことばっかりしている。
弟:弱者であり、常に依存側に立つため、何かしてもらった覚えがない。
親類:こっちがピンチに陥っても、手助けすらしない自己中。

5.「誰々のせいで、自分はこうなった」という概念は、他人を使って自分をいじめている形である
つまり、他人に向いた攻撃力が、そっくり自分に向かってしまい、自己攻撃になるということです。

問題点

1.他人が頼れない。頼られることに苦痛を感じる
自分の無意識の中に「頼るな!」というルールがあって、自分にも他人にも「頼るな、甘えるな」と言っているわけです。
もし、自分の目の前で自分に甘えてくる人がいたら(自分に禁止していることをすんなりやってのけるので)、すごく腹が立ちます。さらに、不公平感ももれなく付いてきます。
自分のことならいざ知らず、家族とはいえ他人の用事まで自分が片付けないといけないんですよ。これを繰り返せば繰り返すほど、他人から依存されてしまって、自分が依存側に回れなくなるのがイヤなのです。

ルールだけではなく、いろいろな部分で無意識が頼ることをできなくしているんです。

 小さいときに、誰にも助けてもらえなかった+母親が苦労しているを見ているので、甘えられなかった
→他人を頼らずに生きることを選択(「頼るな!」ルールの発生)
→そのために、頼ったり甘えたりできる相手を作らないようにした
→人付き合いが下手
→いざというとき、頼る人間がいない

そんなわけで、生活必需品であるにもかかわらず、家族に頼られてしまう原因ともなるクルマを買うことができずにいるのです。
ぶっちゃけて言えば、他人を頼らせたくないがために、自分自身を役立たずにしてしまっているわけです。

2.母親との距離が近すぎる
なにをやるにしても、変に干渉されるのがイヤなのです。
「どこに行くの?」「どこに泊ったの?」……俺、とっくに30超えてるのに子供扱いするな。ていうか心配しすぎ。
「そんなとこ、行かなくてもいいじゃない」……うるさい、用事があるから行くんじゃ。そんなに俺を引き止めたいなら、俺の代わりに行って来い!
こんな風に、近づかれるとうっとうしく感じるのです。

せっかく離した親との距離を縮めたくないので、自室に引きこもり状態になってしまってます。
母屋にもまず行かないし、母親とも話す話題がない、食事も別々。車が壊れているので、行動範囲が近所のコンビニくらいまで狭まっています。
風呂も壊れているので、とても困ってます。かといって、直したところでわざわざ母屋に行って風呂入りたくないし…。
買い物はヘルパーに頼んでますな。

3.仕事をする気がない

はぁ、困ったなぁ…。
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