さあもん写真館でなく、さあもん写心館です。
 
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マウスの件、結局新しいのを買ってきました。
ホイールや左ボタンが誤動作するのは不便この上ないので。

さて、「吉永さん家のガーゴイル」DVD1話を観ていた時に起こった出来事。
美森が父親の盲導犬・エイバリー少尉を信じるために、目を閉じてエイバリー少尉に誘導してもらうシーン。
「(エイバリー少尉を)信じたい」
「(何も見えない状態が)怖い」
普段、怖いなと思ったことがない自分でさえ、目の見えない状態で誰かに誘導してもらうことは、相手を信頼できていないと怖いと思いました。

この二つのセリフで目から涙が。
自分にとっては、深層心理でこう変換されました。
「(他人を)信じたい」
「(信じることが)怖い」

過去の経験からして、無条件に他人を信じることができない、というか信じることが怖いんですわ。
「信頼」という言葉があるように、信じられない相手を頼ることはとても難しい。

頼ることについては、相手に対して申し訳ない気持ちになる。
そもそも、頼れるくらいに信頼できる相手が周りにいない。
自分が過去、家族に対して援助したことの大きさを自覚しているがゆえに、家族が自分にできることが、とても貧弱に感じてしまって、自分がしてもらいたいレベルの援助をしてもらえないと感じてしまって、結局助けを求められない。

助けてもらえないことは苦しいが、助けてあげられないことはもっと苦しい。
だから、特定個人をターゲットにして助けを請うことはできない。
助ける力のないものに助けを求めても、相手が無力感を感じるだけだから。

どうも、自分が信じられる相手というのは、自分を助けられる相手ということになるらしい。

過去に、自分を、家族を、助けてくれなかった父親。
それゆえに、父親が亡くなった今でも、父親を信頼することができない。尊敬もできない。墓参りにも行けない。

父親という「権威」を信頼できないので、「権威」が投影された会社や上司も信頼できない。
最初の会社の保養所も結局使わなかった。
上司も、部下である私の面倒をきちんと見てくれない。そう感じた。

実例としては、仕事が忙しくて余裕がないときに、作業者を増やすなりなんな利して、余裕を回復してくれなかったばっかりに、残業で帰宅が夜11時ごろになってしまって、自分の自由時間がなくなり、精神的余裕がなくなり、ついには出社拒否に至ってしまった。

また、別の会社ではあるが、手先指先が筋肉痛になってしまって、病院に行くために会社を休もうと会社に連絡した時に、部署を移動してくれるでもなく、辞めることになった経験もある。

どっちの会社でも(というか、どこの会社でも)、他の誰かと比較して評価する傾向があった。
人にはそれぞれ能力がある、得手不得手がある。それを無視して他人と比較する上司なんて、最低!

だから、思いやりとリーダーシップを持ち合わせていない、仕事の進捗だけしか考えない上司なんか、大っ嫌いだ!

だから、会社も上司も信頼できん!

どうすれば、こういった人を信じられない、権威を信頼できない状況から脱することができるだろうか?

だれか、助けてほしい。 Twitterでつぶやく
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