さあもん写真館でなく、さあもん写心館です。
 
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長野事件で認識されたとおり、我々日本人と中国人は、相容れない民族である。
では、なぜ中国人がそのような国民性を持っているのか、文書を引用しながら書いてみる。

中国人には対等な関係など存在しない。支配するか、支配されるか、その二つしかない。

 シナでは、個人の身体と財産の安全を保障してくれるものは、法律や国家機構などではない。西門慶のような小金持ち・ヤクザのボスはもちろん、大金持ちや大臣・将軍でも、心配は常にそこにある。いつ、ライバルから陥れられるか、予測できない。信じられるものは身内だけである。最後に頼りになるのは、血族のみ。姻戚(嫁さんの血族)すれ、どうも信用が置けない。だから、他者を確実に支配したり、他者を確実に利用するためのテクニックが、高度に発達した。
 そうしたドメスティックな支配技術・利用技術・サバイバル技術が、周辺の他民族や、シナを外から支配した異民族(元や清)に対しても、自然に応用されるのだ。よって、シナ人と関わろうとする他民族は、「シナ人から支配される」か、「シナ人を支配し、利用される」*1かの、二つに一つしか道がなくなってしまう。近代法治国家の前提である「対等の権利関係」は、シナ人とのあいだには成り立つことが決してない。だからベトナム政府は、シナ人を完全に追放した。そうするしかなかったのだ。「内モンゴル自治区」や「チベット」のようになるよりは、一九七九年のように、中共と戦争をしたほうがマシであった。
(撃論ムック 中国の日本解体シナリオ 96ページ)

*1「シナ人を支配し、利用する」の間違い?

このように、中国人が身内以外を信用できなくなった原因は、なぜであろうか。
私が思うに、大陸という環境がそうさせてしまったのだろうと思う。

大陸は、当たり前のことであるが地続きである。
だから、異民族の襲来が日常茶飯事であったことが容易に推測される。
そのため、村を取り囲む壁を作り、堀を作って、街を防衛した。それが「国」と言う字の成り立ちだそうな。
つまり、村落国家(というよりは古代ローマの都市国家のような、城壁を持った都市国家)であり、周りの異民族に自分たちの言葉を覚えさせ、敵対する意思を消滅させ、交流するための拠点であったのだろう。
この時点で、言葉が通じる=身内、言葉が通じない=外敵、という認識ができたのだと思う。
そうして、影響圏の拡大にしたがって、新しい村を作っていく。
複数の土地の出身者が、同時に勢力拡大し、村を作っていくので、結果的に隣の村ですら言葉が通じないということもあったらしい。
あれだけ広い領域である、言葉が違いすぎて通じない。ヨーロッパで言えば英語フランス語ドイツ語スペイン語ポルトガル語の話者同士が互いに意思疎通するようなものである。その、あまりにも違う言葉でなんとか意思疎通をするために作り出したのが「漢字」。言葉が通じないので文字表記を共通化したというわけである。

閑話休題。漢民族が、万里の長城と言う巨大な壁を作って、異民族からの襲撃を防いだのは、異民族に対する恐怖があったからだと思う。なぜなら、異民族がいつ攻め込んでくるか分からないから、守りを固めなければ、異民族の襲撃に怯える日々から逃れられなかったのだ。
そしてまた、「異民族に攻め込まれる前に、こちらから異民族に攻め込んでやる」と言う覇権主義的考え方が出るのも当然の帰結であろう。異民族の襲撃スケジュールは読めないが、こちらの襲撃スケジュールはいかようにもできる。恐怖感が全く違ってくる。
この考え方を個人レベルにスケールダウンすると「自分のものを奪われるのは嫌だ。だから、そうなる前に敵の持つ何かを奪って自分のものにする」という利己主義になる。
これの派生系で「敵を殺して食うことで、敵の持つ能力を手に入れる」というのもある。これが食人文化の始まりであろう。
また、「他人が所有権を主張しないものは誰のものでもない」と言う考え方があり、これに「奪われたくないから奪う」利己主義が組み合わさると、「植林された苗木を住民が先を争って根こそぎ奪う」「公共の牧草地があれば、わざわざ牛を手に入れてまで、大勢の人間が牛に牧草を食わせる」ということになる。
こうやって、利己主義民族が出来上がる。
利己主義は、裏を返せば他人のことなど考えないと言うこと。他人のことを考えないから、自己中心的になる。

それでは民族レベルの自己中心的考え方、中華思想について探っていこう。

中華思想
 漢民族が自己の政治・文化を誇って,これこそが華であり,自民族が世界(天下)の中心に位置しており,周囲の異民族は未開であり野蛮であると軽視する考え方。


1.中華思想の始まり

古く西周時代(BC1100-BC771)には,漢民族は黄河の中流域に農耕文化を築いたので,当時の周囲の異民族の文化との差を自覚し,これを誇って華であると考え周囲の異民族を夷狄であるとしたことから,この考え方を華夷思想ともいう。
古くより漢民族は周囲の異民族を東夷・南蛮・西戎・北狄と呼んだ。この字を見ればわかるように,ケモノヘンや虫のつく字を使っていて,人間扱いをしていないという考え方を表している。しかし民族の違いによって差別をしたのではなく,政治・文化の差が問題であった。


つまるところ、3000年も前から自己中心的考え方があったということです。
そして、その中華思想を強化する儒教が普及した。

2.中華思想と儒教

漢代になって,国教の地位を与えられた儒教の政治理論の原型は,有徳の人が君主となって天下を治めるという礼教が実現することが政治の理想であるとする考え方であったので,これを実現している民族は華であるが,実現されていない民族は夷狄であると考える。しかし未開で野蛮な夷狄も,この礼教を実現していることを慕い同化すれば,その夷狄も華になったと考える。たとえば,春秋・戦国時代に覇を唱えた楚の国は,初めは夷狄とされていたが政治・文化が向上し礼教が実現していると判断されると,華の仲間とされるようになった。中華思想は儒教の政治理論の一つで,秦の始皇帝が天下統一して以来,皇帝を頂点とする政治体制を続けてきた清朝までのおよそ2000年の間,官僚とその予備軍である知識人層によって根強く維持されてきた。
http://www.tabiken.com/history/doc/L/L319R200.HTMより引用。


儒教に「年上のものほど偉い」という考え方があるため、序列が重要になり、対等な存在というものを容認できなくなってしまったことが、漢民族の傲慢さを助長してしまったのだろう。
ちなみに「小中華」を自称した朝鮮も、序列による傲慢さは存在する。

そのため、漢民族には序列が絶対である、という意識があると思われる。
序列が上のものが失敗したり弱みを見せると、今まで虐げられてきた下のものに、今までの恨みとばかりにとんでもないこと(最悪、一族郎党の皆殺しにまでいく)を要求されるために、「死不認錯」(死んでも過ちを認めない)という言葉があるくらい、それくらい負けを認めることは漢民族にとって非常に厳しいことなのである。

負けを認めることを嫌うので、負けないために軍備を増強する。いつ来るか分からない敵の恐怖にさらされ続けた歴史があり、それゆえ「先制攻撃」で恐怖をコントロールしようとするため、覇権主義に走る。

中国人はメンツを重んじると言われるが、裏を返すとメンツしかないのである。メンツを潰されると、自分にとって自信のない内面が暴かれてしまい、自分の評価が下がり、己の地位が維持できなくなってしまうのである。
基本的に、中国人はメンツとメンツの張り合いで生きているので、基本的に人を信じない。中国語で「ありがとう」という言葉は「謝謝」とか「多謝」というが、下手な相手に謝ると、負けを認めたとされ最悪殺されることにもなるので、謝るのはよほど信頼できる相手に限られると思う。
人を信用できないので、人を支配できる力、つまり地位や権力や財力を使って人を操ろうとする
中国人は商売がうまいのも、賄賂が横行するのも、長年の経験により、金のもつ力を理解し、最大限にその力を利用しているからだと思う。

中国人が他国に移住しても溶け込まないのは、強烈な中華思想が刷り込まれていることで、選民意識があるのと同時に、他国の環境や文化になじむ=「負ける」という意識が強いからだと思う。


拙い知識でここまで書いてきましたが、いかがでしょうか?
意見・修正・補足などありましたら、コメントを御願いします。

【6/24 2ちゃんねる 東アジアnews+での補足を追加】

778 投稿職人: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん 投稿日: 2008/06/24(火) 00:27:56 ID:6fVBE5Ot
なんというか「ばれなきゃ悪いことをしてもいい」って国民性だとうちの教授も言ってたな・・・・

中国に詳しい人、これはマジで国民性なの?


781 投稿職人: 九尾狐 ◆85KeWZMVkQ [sage] 投稿日: 2008/06/24(火) 00:29:14 ID:1fV0EYZ/
>>778
そんなもんだよ(藁



783 投稿職人: 清凉里588ロッテデパート脇入って4軒目 ◆u/HongKong [sage ヨギヌンチョンニャンニ] 投稿日: 2008/06/24(火) 00:29:40 ID:eVM3u4MI
>>778
詳しくはないけど、知り合いの中国人を見てると・・・

一つの文化ですねw



784 投稿職人: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん [sage] 投稿日: 2008/06/24(火) 00:30:37 ID:y7XalySq
>>778
「ばれた奴は馬鹿、つか賄賂が足らないだけ」
ですが何か。



785 投稿職人: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん [sage] 投稿日: 2008/06/24(火) 00:30:39 ID:MEq5UYxt
>>778
「悪いこと」なんて意識自体がないです。
古人いわく「シナ人は類人猿である」。



786 投稿職人: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん 投稿日: 2008/06/24(火) 00:31:25 ID:QGHqZl76
>>778
ごめんなさいと言わない文化
後は感じてくれ



807 投稿職人: 清凉里588ロッテデパート脇入って4軒目 ◆u/HongKong [sage ヨギヌンチョンニャンニ] 投稿日: 2008/06/24(火) 00:44:59 ID:eVM3u4MI
>>799

えっとですね、中国人は他人にはとことん冷たいですが、一旦仲間になると、
身内にはこれ以上なく親切です。おせっかいなくらい。
私が思うに、これは常に外敵から身を守るために培われた『謝ってはいけない文化』
の裏返しに思います。

以上、乱筆失礼。


809 投稿職人: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん [sage] 投稿日: 2008/06/24(火) 00:45:47 ID:p/AAiHM6
>>807
つまり、味方としての地位を盤石にするために親切にする、と

……ストレスで死にそうな社会だ


818 投稿職人: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん [sage] 投稿日: 2008/06/24(火) 00:48:34 ID:y7XalySq
>>809
前に
シナからの料理人が本に書いてたけど

料理人仲間からの麻雀の誘いを
3回断ったらもう仲間はずれ
(というか敵)なんだって


821 投稿職人: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん [sage] 投稿日: 2008/06/24(火) 00:49:35 ID:llc0RAJK
>>818
三国志でもあったな。
三顧の礼だっけか。
2回断るのは礼儀っぽw



819 投稿職人: 清凉里588ロッテデパート脇入って4軒目 ◆u/HongKong [sage ヨギヌンチョンニャンニ] 投稿日: 2008/06/24(火) 00:48:41 ID:eVM3u4MI
>>809

まぁ、それもありますけど・・・

中国で『乾杯合戦』をやったら潰される香具師が出るまで続きます。つまり人身御供w

共通の敵が必要な文化なんでしょうね、きっと。で、それが現在日本だったりする、国内向けにはw


827 投稿職人: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん [sage] 投稿日: 2008/06/24(火) 00:52:59 ID:7al7tcSR
>>819
>中国で『乾杯合戦』をやったら潰される香具師が出るまで続きます。つまり人身御供w

ウリの友人なんかそれが嫌で春節に絶対帰郷しません。

825 投稿職人: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん [sage] 投稿日: 2008/06/24(火) 00:52:02 ID:nWMe5bMD
>>799
中国人の国民性を表すとこうです。
(註:ショッキングな画像のため閲覧注意)
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