さあもん写真館でなく、さあもん写心館です。
 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Twitterでつぶやく
遅ればせながら、北京オリンピックの開会式をチラッと見ましたが、なんと言うか演出が過剰すぎな感じがしましたわ。
なんというか、他国の皆様をお迎えするという雰囲気は全くなく、 ドコ?(T-T ))(( T-T)ドコ? 
ただたた自国の偉大さを誇示するだけの自己満足のオナニー開会式に成り果てたようです。
なんというか「わが国は中華なり」、つまりわが国は世界の中心にある華なり、世界で一番偉い国なり、ということを必死でアピールしているような感じ。

これが「わが国は日本なり」だったら、わが国は日の出でる国なり、だから、中華みたいな傲慢さを感じることはないんだけどね。

最初の2008個の缶太鼓でのパフォーマンスも、歓迎のためのアトラクションというよりも、何かしらの儀式に見えた。

民族衣装を着た55人の子供たちが出てきたときも、なんだか分からないけれども変だと思った。
裏ではチベタンやらウィグルやら弾圧しているくせに、表向きは国内の民族融和をアピールしてる。

それと、巨大活字で浮き上がった「和」の文字。
お前(中華)が「和」を語るな!
自国内はもちろんのこと、外交関係に対しても対等の関係なぞ考えていないくせに!



で、中華のような自国の威光を示すものでもなく、また昨今のオリンピックの商業主義にまみれる前のオリンピックの開会式映像を引っ張り出してきました。
1964東京オリンピックの記録映像です。



うーん、北京の開会式が「お前ら中華皇帝のお膝元に迎え入れてやる。ありがたく思え」なのに対して、東京のそれは「世界の皆様、東京へ良くぞいらっしゃいました。心から歓迎いたします」という感じなんだよね。北京のほうは選手団の入場まで見てないけど。

あと、入場「行進」がスポーツの祭典にふさわしいですね。ぶっちゃけオリンピックは「4年に一度開かれる、世界規模の大運動会」なんだから、その開会式を北京みたいに「大運動会」とは全然関係ないイベントにしちゃうのはどうかと思う。今の中国そのものが、「大運動会」を開催するにふさわしい、健康的な場所とはとても言えないしね。

時代が違うといえばそれまでなんだけど、あのころは平和だった。




誘導ミスだろうがなんだろうが、この国も民族もなく混ざり合うことができる祭典こそ、真の平和の祭典だわな。
というか、(神道の)神社と(仏教の)寺院と(キリスト教の)教会が狭い地域に共存できるくらい、神様ですら分け隔てなく受け入れる日本だからこそ、融和の場にふさわしいのかもな。
Twitterでつぶやく
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://thermon.blog82.fc2.com/tb.php/494-06a6e26a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。